調教師という仕事

月曜日から水曜日に掛けて行われた競馬社会の一大イベントとも言えるセレクトセールも終了。開業してから数年は何のオファーも無い状態で会場に行くだけ。ただただ馬を見続けて『いつか声が掛かった時のために…』と自分なりの相馬を持てるよう勉強に終始した。開業して数年後からはチラホラと助言を求められるケースも増えてきてその中から厩舎への所属となった馬達。ハイオンやプロヴィナージュはその頃の思い出となる戦力。もちろん馬主さんにお薦めした馬全てが走ってくれたわけではなくデビューできたものの勝てずに終わったり中にはデビューさえままならない仔までいる。そういった積み重ねが今日の厩舎の糧にはなっているが何しろ馬主さんへの負担は最小限に抑えなければいけない。今まで迷惑を掛けた馬主さんには少しでも大きなお返しができるように。これまでに比較的良い思いをしてもらえた馬主さんには更なる飛躍を求めて今年も一生懸命下見等での選別を繰り返した。セレクトセールでまだ誰からも声を掛けられずに一人パレードリンクに立ち『いつか来る日のために馬を見れるようになっていたい』と思っていた頃。携帯電話が鳴って紹介していただいた馬が『ロイヤールハント』ブラックエンブレムの姉だ。セレクトセールで購買した馬主さんのことを生産牧場さんの御好意で紹介していただき『是非!』と預からせていただく事になった。ロイヤールハント自身は大きな期待を持てる実力を持っていたのに競走中の心臓発作で不慮の死を遂げてその短い命を終えた。
しかしその縁で預からせていただくことになったブラックエンブレムが厩舎の初GⅠをプレゼントしてくれてピースエンブレムという先が楽しみな妹までがウチの厩舎にいる。今回上場されていた弟くんは残念ながら落札できなかったがセレクトセールの会場に来るたびにあの頃の事を思い出す。
そうあの頃のことをこれからも忘れず初心を忘れずに日々頑張りたい。セリの成果はというと馬主さんの御好意も有って過去に参加させていただいたセリの中でも最高の内容だったと思う。私の馬選別は雰囲気、第一印象が重要。歩様や立姿を見て付加価値となる良い点と悪い点を探す。馬を見ている時に思ったこと感じたことを全て書き記す。くだらない事、大したことでは無いと思われることでも全て書き記す。そしてランク付けの印を見た時の率直な気持ちで付ける。例えば『顔が良い』『眼に強さがある』とかいった印象や歩く時に気性の悪いところを見せたり立たせる時に落ち着かなかったりといったことも書く。肢元が真っ直ぐなんていう馬はほとんどいない。それだけにその脚の癖が調教やレースで我慢できそうか許容範囲か否か思った通りに書き記す。そしてできるだけ複数回は下見を行い良くなった点悪くなった点を再度書き記し最後は当日の会場で最終チェック。日毎に気性や馬体が改善してくる馬、良化著しかったりした時には注目。逆に下見では良かったのに当日体調を崩していて良く見えない馬は『買い得』となることがある。狙っている馬から順番に上場してくれればやり易いが思ったようには並んでいない上場順に限られた予算の中でどうやって攻めるかその馬に重点を置くかという難しさもある。
馬の値段が3000万円を超えた場合は夢という付加価値が込められていると思っている。競走馬で3000万円を超える稼ぎを望めるなんて実際は難しい。1000万円を超える賞金を得るだけでも大変だし預託料という経費も掛かることを考えると馬主さんも大変だ。それだけにできるだけ馬主さんには長く続けてもらえるよう常識の範囲内の予算での購入をお願いしている。馬の値段は人間が決めるもの。根拠は色々とあるが全てが走るかも…とかダメかも…といった気持ちから憶測から価格が決められて、でも必ずしも結果と結びつかないから面白い。
だからこそべら棒に高額ではなくても超良血ではなくても走りそうな馬を捜すところに楽しみと深みがある。高額馬や良血馬に夢を乗せて競馬を楽しむスタイルも良し。隠れた素材を掘り起こすべく努力を重ねて地道にやるスタイルも良し。
さあ上手く行ったと思われるセリだが2年後〜3年後がどうなっているのか。何よりも全ての管理予定馬達が無事なデビューを迎えられるよういまから楽しみだ。

http://s-kojima-stable.at.webry.info/200907/article_3.html