菊花賞回顧

何年かに一度、許される三冠への挑戦。今年扉を開いてここに辿りついたのはオルフェーヴルという名の馬だった。菊花賞はこの時、特別なレースとなる。この日、ファンの馬券は思いを込めた手紙になる。17頭は名前を失い、宿命的に歴史の影になる。歓声は匿名になり競馬史への賛辞となる。3分の試練の後、尾花栗毛は輝いた。地平線で馬体を揺らしていたのは、史上7頭目三冠馬オルフェーヴルただ1頭だった。
回顧すること自体が意味をなさない、そういうレースが年に何度かある。今回の菊花賞は間違いなくその一つだろう。それゆえ、ここから以下はオルフェーヴルがいかに強かったかというより、その他の各馬がいかにしてその着順となったこという説明になるだろう。ただ、それを承知でいつものようにレースを眺めて行きたい。スタート後飛び出したのは、予想の通りにサンビームだった。しかし、若駒が集う3000m戦。折合いがつかない馬も多かった。しかし、こらえ切れなかったのはフレールジャック。3コーナーからの下りで加速してしまうと、無理に福永騎手も控えることはせずハナへ。予想外の逃げ馬、フレールジャックがこの長距離レースを牽引していくこととなった。ここで、1番人気のオルフェーヴルは中団の馬群の中。絶好の位置取り。この時点で三冠の可能性は限りなく高くなった。また、その可能性を高くしたのは、2番人気ウインバリアシオンの位置取り。切れ味勝負では敵わないこの馬が、極限の切れを引き出すためか、最後方の位置取り。時計の出る今の京都ではかなりの奇策だったが、安藤騎手は勝つための競馬だったという…。ともかく、これで前の位置から脚の使えるオルフェーヴルにとっては、変にマークされず楽な競馬。位置取りのアドバンテージを生かして先手先手で動ける主導権を握れた。ただ、もう1頭の上位人気馬、トーセンラーオルフェーヴルを最初から目標として直後でマーク。敢えてケアが必要ならこの馬だっただろう。ただ、もう勝負付けが春に済んでいる馬。池添騎手としてはあくまで自分の競馬をするだけ。
さて、1000m通過は60秒6。数字上は例年並みだが、高速馬場を勘案すればやや落ち着いた流れか。ただ、この後の流れが今回のポイントだっただろう。2000mまでの5ハロンは、62秒1。この時計は高速馬場としても速い。例年であれば、最初の1000mと比べて大体4〜5秒はラップが落ちるが、今回は1秒5だけ。淀みがないラップが続く。つまり、タメが利かないスタミナが要求される展開だったということだろう。フレールジャック自身がスムーズな競馬と引き換えに手にしたのはこの厳しいラップだった。実際、3コーナーで既にフレールジャックは体力を失ってしまい後退していく。代わって先頭に立ったのはロッカヴェラーノ。2番手にはサダムパテック。しかし、この3コーナーからいよいよ池添騎手が動き出した。
その下準備として池添騎手がうまかったのは2コーナーのコーナリング。それまで中団馬群の中で待機していたが、2コーナーを回る際の遠心力を利用して外に出した。あくまで馬ごみの中にこだわれば、ペースの割りにバラけなかったこのレースでは包まれて終わる危険もあった。だが、ここで早くも自分で動ける自由を掴んだ。この時点でさらに偉業に大きく近づいた。そして、外から3コーナを過ぎてのスパートを実行。残り800mから6番手、そして4コーナー手前で4番手、3番手へと上昇していった。圧倒的なのはその後。ペースが厳しく、先行馬が脚を鈍らせていく中、直線で素早く先頭に立つとそのまま一気に突き抜けてトリプルクラウンを手にした。
もはやこの馬は同世代では敵なし。2歳時の気性の悪さが解消され池添騎手の教育によって、見事に爆発的な切れ味はそのままに、先団からその脚を使えるようになった。ここまで正攻法でなおかつ切れる脚が使える馬は今までいなかっただろう。距離の自由度も高くこういうタイプの馬は大負けしない。兄とは違い展開に左右されない。競走馬として完成期がいつだったかはキャリアが終わってから振り返られるものだが、今のオルフェーヴルは少なくとも新しい段階に達したということは確実に言えるだろう。馬体はまだ増え続け成長は続く。とにかく、古馬相手でもすぐにでも勝ち負けになる。ここまで安定感のある三冠馬は、久々ではないだろうか。新しいステージに日本の競馬を導いてくれる可能性を持った馬だ。とにかく拍手。
2着ウインバリアシオンは、前述のように最後方から。直線でもまだ後ろで馬群を縫うように追い込んだが、2着が精一杯。一発狙う騎乗なのか、2着狙いなのかちょっと判然としないが、ペースを考えればこれでよかったのかもしれない。ともかく、既に力関係が明確だった勝ち馬は別として、他の馬にここでも先着。世代2番手の評価は確定させた。3着トーセンラーは、勝ち馬を終始マークして進んだ。真っ向勝負を挑んだのは素晴らしかったが、やはり届かず。ただ、春は順調さを欠いたこの馬が、クラシック級の能力を示したのは大きな意味があろう。この後の選択肢も広がった。京都コースはやはり合う。4着ハーバーコマンドは、実はトーセンラー新馬戦で2着に負かされていた。今回も届かなかったが、ステイヤーとしての資質を示した。前々で最後まで伸びたのは立派。木村騎手の積極作は素晴らしい。そして、5着に敗れたがサダムパテックはよく戦った。掛かり気味で先団の一角。明らかに距離が長いと思われた一戦だが、一時は2番手まで上昇。直線では一瞬勝ち馬に抵抗するように伸びたが最後は止まってしまった。厳しいペースで先団にいながら、見せ場たっぷりの内容。ベストは中距離までだろうが、資質の確かさを示したのは収穫だろう。
7着4番人気のフェイトフルウォーは中団から直線で伸びを欠いた。距離もあろうが、あまり速い時計の決着では対応できないのではないか。勝ち馬と同じ配合ながら、この馬の長所はパワーフルな伸び脚。中山コースが合っているのだろう。10着フレールジャックは、今回は記念受験マイラーとして再出発できる。

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