思い出して泣けました

会社の屋台骨を支える40代、50代の管理職世代は、親の老いと向き合う介護世代でもある。
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企業や自治体の情報システムなどの開発・運営を請け負う「日立ソリューションズ」(東京都品川区)。約1万人いる社員の平均年齢は38歳、4割が40〜50代だ。
「もしもし、いま異動の承認をしたので、よろしくお願いします」。3月17日月曜日。官公庁向けシステム開発担当の課長・新澤智生さん(48)は、スマートフォンで上司に連絡した。年度末が迫り、約50人いる部下の人事手続きを急がなければいけない時期だ。
この日、智生さんはオフィスから遠く離れた金沢市にいた。義理の父である新澤義男さん(93)が一人暮らしをする家だ。智生さんは婿で名字は同じ。段ボール箱の上でパソコンを開く智生さんの隣で、義男さんが犬をなでながらくつろぐ。壁には、2011年12月に亡くなった義母・洋子さんの遺影が飾られている。
智生さんの妻で義男さんの長女の奈津子さん(46)が部屋に来た。補聴器をつけた義男さんの耳元で「買い物行くけど、何買ってくる?」と聞いた。「刺し身が食べたい」と義男さん。智生さんが笑ってうなずいた。
義男さんは、転倒して腰を骨折して以来、杖で歩き、物を持つのが難しい。一人暮らしになってから介護保険を申請し、「要支援2」となった。週2回、デイサービスに通い、配食サービスなどを利用しながら暮らしている。
智生さんと奈津子さんは、「東京で一緒に暮らそう」と義男さんに提案したことがある。洋子さんの葬儀が終わったすぐ後のことだ。大正生まれで国鉄職員として定年まで働いた義男さんは、家事は洋子さん任せきりだった。
「仏壇にいる家内を1人にはできない」。義男さんは、申し出に感謝しながらも、首をたてに振らなかった。
いま智生さん夫婦は月に1度、3日間、父の家を訪れる。飼い犬のしおんと一緒に車に乗り込み、片道7時間、走行距離で約500キロ。土日の休みに加え、月曜日か金曜日のどちらかで有給休暇をとる。通院の付き添いや、買い物や掃除など、必要なことをまとめてすます。
近所の人は義男さんのかわりに家のまわりの雪かきをしてくれる。親しいご近所とデイサービスの職員には、奈津子さんの携帯電話の番号を伝えてある。何かあれば連絡をとお願いしている。
昨年の夏、義男さんは熱中症になった。いつまで一人暮らしができるのか、不安はある。ただ智生さんは言う。「家族を助けるのは家族。後悔はしたくない」
約2年半前、義理の両親の世話をするため介護休業をとりたいと申し出たことがある。義母の洋子さんが肺がんで入院。奈津子さんは母の看病と父の世話などに追われ、疲弊した。自分も金沢に行かないと、と思った。
当時の上司は自らも介護の経験があり、人事部などと調整してくれた。その結果、金沢市サテライトオフィスへの一時的な転勤が認められ、仕事を続けることができた。義母が亡くなった後、3カ月後には再び東京に戻った。この間、要介護認定の手続きを進めたり、玄関やトイレに手すりをつけるリフォームをしたりすることができた。
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社会システム第3本部で経理を担当する課長の津崎隆さん(55)も、介護と向き合うベテラン社員の一人だ。認知症の母(91)と2人暮らし。母は要介護4で、週6日、認知症対応のデイサービスに通う。出社と在宅勤務を組み合わせる同社独自の支援制度を利用する。
母が認知症と診断されてしばらくは、システム制作のリーダーとして、フルタイムで働くことができた。だが3年ほど前から症状が進んだ。着替えやトイレなど生活全般に介助が必要になった。寝不足が続いた。
その頃、職場で机を並べていた上司の古本欣也さんが、津崎さんの顔色の悪さに気づいた。事情を聞き、「このままだと、津崎さんがつぶれてしまう」と感じた。12年度から、会社側の配慮で津崎さんは部の経理を任された。顧客対応の最前線だと、どうしても時間の調整がきかない部分があるからだ。
いまは母をデイサービスに送り出す合間や夜に、資料作りなどを進める。午前10時ごろに出社。午後5時半に退社してデイサービスから戻る母を迎え、一緒に夕食をとる。
夕方に訪問介護サービスも利用しており、介護保険の限度額を超える。全額自己負担で頼んでいる分も含め、平均で毎月約10万円かかる。「退社して世話をすることを考えたこともあったが、生活が破綻(はたん)してしまっていただろう。これからの自分の人生も考えて、働き続けたい」
社内SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で、自分の介護の状況を日記としてつづる社員もいる。それを見た別の社員から、労政部に相談が寄せられることもあるという。
労政部労政グループの鵜原靖夫・部長代理は、家族の介護が必要な社員はさらに増えるだろうと予想する。「事情を抱えた人が働き続けられない会社では、これからの時代はもたない。介護も育児と同じで、両立の実例が身近にあれば、社員が二の足を踏まず相談しやすくなる」と話す。
金沢市の義父を遠距離で見守る新澤さんは最近、同世代の同僚に介護経験について聞かれることが増えた。「10年前はこんな話は誰もしなかったけれど。みんな親の老いを実感しているのかも知れません」(畑山敦子)

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