無題

(インタビュー)認知症の親の贈り物 漫画家・岡野雄一さん
(前略)
故郷の天草で子守と農作業の手伝いに明け暮れた母は、しっかり者でね。結婚してようやく家の手伝いから解放されたと思ったら、今度は亭主がまさかの酒乱。ダメな夫を後ろから立てて、世間体をなんとか保ち続けた強い人でした。僕にとってはダメな父のほうが心配でしたし、ある意味存在感もあって、母親の印象ってあんまりなかったんです。
それが、少しずつおかしくなった母は、ぐっと存在が前に出てきた。
ボケが始まったころ、不安で孤独だったんでしょう。風呂の窓から、坂を上って帰宅する僕の姿を真っ先に見つけては、「ゆういち〜」って、ものすごくうれしそうに笑うんです。それが新鮮でね。父が亡くなってようやく、世間体とか、家計簿をつけるとか、子どもの心配とか、自分の役割から解放されて、ほどけていく気がしたんです。
身なりにもかまわなくなって、切ないといえばそうなんですが、こっちは男だから、何を着たらいいかとなるとわからんしね。一度ムームーみたいなのを買ったけどサイズが合わなくてあきらめた。だけん、母と肩組んで写メ撮って、神奈川に住む母親っ子の弟に「こげん汚のうなったばい(笑)」ってメールして、弟も「あー、よーこんげん汚のうなって(笑)」なんて。しょっちゅうそんなやりとりをしていました。
汚れた下着が引き出しに隠してあったこともあった。驚きましたが、女性の下着なんて買いに行きたくないから一生懸命洗ってね。そういうのって腹立つことかもしれんけど、親がしっかりしたままだったら絶対経験しないでしょう。しないにこしたことはないかもしれんけど、それをやることで親とのかかわりはすごく深くなる。ボケる前は今の100分の1も母のことを知らなかった。
いま考えると、僕は恵まれていたんだと思います。一つは、母のボケが緩やかに穏やかに進行したこと。もう一つは、母のことを漫画のネタにしていたことです。困ったことが起きても「ネタになる」って気持ちがあるから、深刻に腹を立てたり絶望したりってことにならなかった。ギャグ漫画だったのもよかった。オチをつけないといけないから笑いに持って行くことができる。
「現実はこんなもんじゃない」とお叱りの手紙を頂くこともありました。わかるんですよ。僕は確かに甘いし、いい加減だし、すぐ笑いに逃げる。でも、介護にはそういうことも必要なんじゃないでしょうか。皆さんまじめに真剣に取り組んでおられる。まじめなあまり、絶望して心中しようと思ったという話も聞きます。まじめに取り組みすぎないことも必要かもしれない。しばらく放っておいても死にはせん、時にはゆっくりコーヒーでも飲んで、自分も生きるってことを楽しむ。つかの間のプチ親不孝。それも含めて、地に足をつけて生きるってことが一番大事なんじゃないでしょうか。
認知症が切ないのは記憶が失われていくことだ。光江さんも息子の顔すら思い出せなくなった。》
僕はね、記憶はなくなるんじゃなくて、ばらばらになるんだと思うんです。最近のことは忘れても、昔のことはディテールまでよく覚えている。死んだ人も、死んだことを忘れて生き返る。それを「おかしくなった」と言うんだけれども、見方を変えれば面白いんですよね。
それに、酒乱の父に「一緒に死んでくれ」と包丁で追いかけまわされた母が、「今お父さんが来とんなったと」とうれしそうに言う。ボケた母のところへやって来る父は、酒を飲んでいない優しい父なんです。認知症の人は、自分が輝いていた時に戻っていくらしい。それってすごくいいじゃんと思うんですよね。
体が衰えるにつれ、むしろ母の世界は自由になっていくようでした。父だけでなく、少女時代の友達もやって来る。記憶の断片を聞いている僕は、両親の若いころや、母が幼かったころのことを想像する。濃密な時間でした。父に殴られる母を見捨てて家を出たことがトラウマになっていたんですが、母のおかげで、泣いたり笑ったりしながら懸命に生きた両親の人生に思いをはせる時間をもらった。あんなに逃げ出したかった家、からみつくような坂道、うっとうしい近所の人間関係が、どんどんいとおしく好きになっていった。
人間が生きているって、すごいなと思うんです。人に迷惑もかけるし、かけられるし、心配もかけるし、かけられる。死んでしまったらそれは全部なくなるんですよね。僕は今、生きていることがいちばん大事なんだと思っています。
 ■取材を終えて
 「『認知症』って味がないよネ」と岡野さん。確かにそうだ。「ボケた」なら笑い話なのに、認知症となると本人も周囲も「問題」にしてしまい、老いを受け入れて日々を味わうことを忘れる。岡野さんの描く豊かな世界を読むと、そのもったいなさを痛感する。老後はかけがえのない時間だ。いい加減であることの大切さよ。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11438543.html?iref=comtop_fbox_u09

やっぱり夫婦が死ぬ順番てのは大事だなあと。うちは母が先に逝きましたがあれが父が先だったらまた母との関わり方も違っただろうなと。