どこか歪んでいるこの国

無免許運転容疑の女性 12年前、車いすの母の通院が…
京都府北部の山あいに住む70代の女性が無免許運転容疑で今春、逮捕、起訴された。免許を取ったことがないのに12年前、自家用車を買い、運転を続けてきた。車いすの母親を、数百メートル離れたバス停に送り迎えすることが体力的に難しくなったのがきっかけだった。
女性の家は、山あいに点在する集落の一角にある。周囲にはコンビニどころか自販機もない。
12年前は、90代だった母と二人で暮らしていた。母は街の病院に毎週行かなければならない。しかし自分も既に60代。数百メートル離れたバス停への坂を、足が悪い母を乗せた車いすを押して上り下りするのが、次第にしんどくなっていった。
「せめてバス停まで車があれば……」。悩んだ末、車の販売店に飛び込んだ。30代の頃、教習所に通ったことがある。病気で入院し免許を取ることはなかったが、運転の方法は大体覚えていた。店では免許証の提示を求められることもなく、普通車を買えた。
「自分は悪いことをしている」。そう思いながら、「自宅とバス停の間を母を送り迎えする時だけ」と決めての運転だった。事故だけは起こせない。細心の注意を払った。訪ねてきた親戚と車で出かけるときも「運転して」と頼んだ。誰も自分が無免許だとは知らなかった。
車に乗り始めて2年後、母が亡くなったが、今度は自分が高血圧や神経痛で病院に通わねばならなくなっていた。街に出るバスは週3日だけの運行で、タクシーだと往復5、6千円かかる。「通院のときだけ」と誓って、週に数回、病院や整体に車で赴いた。
無免許運転の発覚は突然だった。今年4月の朝、いつものように病院に向かう途中、信号待ちをしていたところに、車が突っ込んできた。双方にけがはなかったが、駆けつけた警察官に免許証の提示を求められた。
「こんなことを続けたらダメだとわかっていました。きっと天罰が下ったんです」。取材に対し、女性は自宅の板張りの玄関に正座し、涙を流して語った。12年間の走行距離は2万キロ台。遊びに使ったことは一度もない。
「誰も頼る人がいなかった。車があるだけで安心できた」と繰り返した女性。逮捕翌日、釈放されるとすぐ車を処分した。9月には公判が控えている。今、出かけることはめっきり減った。

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