おたがいさま

「お客様の中に運転士はいませんか」 宇都宮線立ち往生
 架線トラブルで駅間に立ち往生したJR宇都宮線の1本に、記者が乗り合わせた。トラブル発生から避難までの様子を伝える。
茨城県古河市で22日投開票があった衆院選の取材を終え、1泊して東京に帰ろうと午前9時ごろにJR古河駅に着いた。早朝から強風のため上下線の運転を見合わせていることを知り、駅前のファストフード店に入ったら運転再開を待つ人で満席。正午近くにようやく上野行きの上り線が再開し、乗り込んだ。
台風の影響で風が吹きつけ、揺れる車両は徐行で走り始めた。だが、15分ほど走ると突然、茶畑に囲まれたところで停車した。「一部区間で停電があり原因を調査中」。そんな車内アナウンスが流れる中、乗客は本やスマートフォンを手に運転再開を待った。車内にはトイレもあったためか、冷静に対応する人が多かった。
約50分後、静まりきった車内に「東鷲宮駅久喜駅間で架線が切断」と停電の原因が伝えられた。「復旧には長い時間がかかるため、これから下り線の車両を横につけ、移って頂きます」と放送があると、車内がざわつきだした。古河駅に戻るようだ。
続いてこんな呼びかけがあった。「お客様の中でJRの運転士がいたら車掌まで申し出て下さい」。乗客はけげんな顔で辺りを見回した。
下り線が横付けされると、乗客は先頭車両に移動するように言われた。移動中、車両のあちこちに、私服やスーツ姿の男女が立ち、乗客に「足元にお気を付けください」「ご迷惑をおかけします」と声をかけていた。放送で呼びかけられた「お客様の中にいたJR運転士」たちだった。
隣り合わせた上り線、下り線に偶然乗り合わせていた通勤中のJR社員約15人が誘導に加わったという。先頭車両からはしごで線路上に降りる乗客に手を貸し、荷物を運んだり、高齢者の手を引いて線路を歩いたりしていた。頭を下げる私服姿の女性社員に、「いいのよ、お互い様よね」と応える乗客もいた。
全員が無事に下り電車に移動を終えたのは、午後2時半すぎ。電車は古河駅に戻った。駅構内のそば屋は、缶詰め状態から抜け出した乗客で瞬く間にいっぱいになった。

http://digital.asahi.com/articles/ASKBR5K20KBRUTFL00D.html?iref=comtop_8_08