コスモバルク周辺

コスモバルクの引退について(2)
「バルクほどの馬を預かる以上、中途半端な状態では競馬場に送り出せない」コスモバルクを預かる予定だったのは、アイルランドの調教師・児玉敬さんだ。この言葉を児玉さんは、何度も僕に向けた。
日本の獣医が撮ったレントゲン写真を、アイルランドアメリカ、二人の親しい獣医に児玉さんは見せた。骨片の除去が、腱を傷つけないままに行うことが本当に不可能なのか、確認しようと思ったからだ。アイルランドの獣医は「大丈夫」と言った。その返事に児玉さんが安堵したのはもちろんである。
今回のアイルランド移籍に際しては、関係する人々のさまざまな思いが交錯してきた。
あらためて厩舎を構えることになった児玉さんは、厩舎の看板馬としてバルクの活躍に期待した。アイルランドのGⅢあたりならば充分に通用するはず。環境の変化もバルクにとってはプラスに働くだろう。そんな考えがあった。
万全の態勢でバルクを受け入れるため、移籍が決まってすぐ、児玉さんはミック・キネーンに声をかけている。シーザスターズとの活躍が記憶に新しいアイルランドのトップジョッキーは、昨シーズンをもって現役を引退した。日本に来た時、通訳を務めるほど、児玉さんとミックは仲がいいのだ。
「バルクがアイルランドに到着したら、まずミックに乗ってもらうつもりです。そしてミックに、どんな馬場が、どんなレースが合うか、相談したいと思ってます」児玉調教師が計画を口にした。すなわち、そこまでの態勢でバルクを迎える予定だったのだ。
一方、BRFの岡田繁幸さんには、長年頑張ってきたバルクに対する慰労の気持ちが強かった。元々、ここ数年、「機会があればイギリスへ遠征させてやりたい」と話していたのだ。その気持ちが、児玉さんからのオファーによって、背中を押された格好となった。
――いつまでも走らせるなんてバルクがかわいそう。
そんな声が一部にあるのを、もちろん岡田さんは知っている。しかし、競走馬の幸せとは何なのか。岡田さんも考え続けた。
たとえレースで苦しい思いをするとしても、現役であればこそ、周囲からたくさんの視線が集まり声がかかるのだし、手厚い世話を受けることもできる。功労馬として、ただのんびり過ごさせるより、馬にとってはその方が幸せなのではないか……。
そうした思いから、少しでも長く現役を続けさせてやりたい、と岡田さんは考えたのだ。決して自分のためではない。あくまでバルクの幸せを考えての行動だった。
――1年、アイルランドで頑張ってこい!
そんな思いでバルクを見送る予定だった。

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