日航再上場の周辺

喜びきれない日航再出発 整理解雇の元社員
日本航空が19日、東京証券取引所に再上場した。2010年の経営破綻(はたん)後、整理解雇も含め約1万7千人も社員を減らした。元社員たちは複雑な思いを抱えている。
地方の航空会社に転籍した男性副操縦士(41)は、「残った仲間ががんばって立ち直ったのはよかった。でも、素直には喜べません」。
日航では大型機のボーイング777型を操縦していた。ジャンボ機に代わる花形機種だったが、10年9月、事実上の自宅待機を命じられた。腰のけがで休職していたためにリストラの対象となり、「希望退職」を迫られた。
妻と幼い子ども3人がいる。ようやく見つけたのが、地方を拠点とする航空会社だった。給料は日航の時の半分程度。両親も同居する自宅からは通えず、日航の退職金は自宅のローンの返済に充てる。新たに借りた部屋の家賃もある。「悔しい思いが噴き出しそうなので、昔のことは考えないようにしている。割り切ってやっていくしかない」
別の元機長(60)も、2年半でのスピード再建に心中は複雑だ。「会社には再生して欲しい。でも、あれほどの社員を切り捨てる必要があったのか」
機長昇格後、教官として10年ほど後進の育成に携わってきた。定年退職まで2年あった。「操縦の技術や飛行中のトラブル対応など、まだまだ伝えたいノウハウがあったのに」
客室乗務員などの整理解雇を不当だとして、復職を求める訴訟は東京高裁で今も続いている。
原告の女性(56)は2人の娘がいる。南米など長距離線だと11日ほどは帰国できない。「子供に申し訳ない」と思いながらも、定年まで続けるつもりだった。
10年12月に整理解雇された。直前の3カ月は「待機」で、ラストフライトもなかった。ショックで一時、体調を崩した。今は老人ホームの受付でアルバイトをしている。
国際労働機関(ILO)は6月、リストラなどを含む再建計画について日航労働組合の協議が不十分だったと認定した。法的拘束力はないが、両者に話し合わせるよう日本政府に勧告している。
「会社は私たちのことを、なかったことにしたいのでしょう。でも長年、会社を支えた社員との話し合いを拒んだまま上場して、良い会社になれるのでしょうか」。女性は話す。

http://www.asahi.com/news/intro/TKY201209190873.html

国鉄日航もダメになった原因は放漫経営などいろいろあるけれど、労働組合が既得権を主張してふんぞり返ってきたから、というのもあります。