巨人・大鵬・卵焼き

「不滅の横綱」「青春の星」 大鵬死去、ファン惜しむ声
「寡黙で強い。不滅の横綱で絶対的な力士だった」。初場所7日目が終わった19日夕、東京・両国国技館で観戦した地方公務員の工藤朝彦さん(57)=青森市=は振り返った。ライバル・柏戸に負けた時は子どもながらショックを受けたといい、「長嶋、王よりも大きい青春の星でした」。
東京都足立区の主婦木村治子さん(59)は「一つの時代が終わったようです」と言い、福島市の会社員冨田祐貴さん(32)は「千代の富士貴乃花をしのぐ偉大な横綱。号外で死去を知り、びっくりしました」と話した。
大鵬が少年期を過ごした北海道弟子屈町。町内には1984年、同級生らの働きかけで川湯相撲記念館が開館した。前館長の宮崎英雄さん(72)によると、大鵬は当初、開館に乗り気ではなかったという。宮崎さんは「恥ずかしかったのだろう。開館した時の笑顔は忘れられない」と懐かしんだ。記念館は20日から館内に記帳台を設ける。
「いくつになっても昭和のスターのオーラを感じる方でした」と言うのは、大鵬が通っていた理容室「銀座マツナガ箱崎店」(東京都中央区)の萩庭(はぎにわ)徹也さん(41)だ。約18年前から月1回は来店。顔のマッサージや爪も掃除する「見た目に気を使うおしゃれな人」(萩庭さん)だった。
車いす生活になった2年ほど前からは萩庭さんが相撲部屋を訪問。最後にカットした約1年前は寝たきりで、わんぱく相撲で活躍する孫の将来が楽しみだ、と話していたという。
大鵬ゆかりの「出世石」がある東京都大田区の雪ケ谷八幡神社大鵬は子ども稽古や節分の豆まきで訪れていた。宮司北川正保さん(76)は「生前、苦労しながら育ててくれた母親のことを気遣っていた。天国でも親孝行してあげてほしい」と寂しそうに語った。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201301190117.html

私だって大鵬の現役時代は記憶にないのだから、今の人たちは知らんだろうなあ。ご冥福をお祈りします。